東京農大 宮林茂幸 教授

東京農業大学 地域環境科学部
地域創成科学科 宮林 茂幸 教授

私の出身は、長野県の信州新町です。

山や川の大自然に恵まれた環境で育ちました。

森林は人間の生活の原点です。

太陽光→植物→草食動物→肉食動物→微生物→土、と常にエネルギーが循環しています。

 

古くから武将は、国を治める上で、山≒森≒国を守ることを重要視してきました。

手入れされた森は災害が起きにくく、万一起こっても、木を切って家屋を建て直し、木材を売って、災害や財政難から復興させることができました。

 

木材は、熱を遮る効果が高いので、夏も涼しく冬も温かいです。

香りや手触りがよく、心が落ち着く効用もあります。

特に国産材は、日本の気候風土に合い、耐久性があり、殺菌効果や、ダニや害虫にも強いです。

また、コンクリート等の材料を使うよりCO2を減らせます。

 

近年、森林が人体に及ぼす影響が研究され、ストレス時に濃度が上昇するコルチゾールという成分を低下させ、脈拍が安定するという癒し効果が、科学的に示されました。

また、山村部の八十歳の人の体力は、都市部の六十歳の人の体力とほぼ同程度という報告もあります。

 

水や食文化、ものの考え方など、森林と共生する暮らし自体が、心身や生活に深く関わっているのでしょう。

特に、国土の七割が森林である日本では、なおさらです。

 

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しかし、現在、日本の多くの山は、荒れた状態です。

経済構造の変化、木材に代わる製品の普及、安い輸入材の需要拡大→国産材の価格が大きく下落→木が相応の額で売れず→間伐や保育などの森林管理・手入れが不十分に→山が荒廃→農山村の人口が流出→林業従事者が減る、という悪循環に陥っています。

森林が荒れると、山に食べ物がなくなり、野生動物たちが里で農作物を荒らします。

森林の崩壊が進めば、温度を一定に保つ蒸散作用や、CO2を吸収・蓄積する作用が弱まり、地球温暖化も加速します。

また、日本の水源の多くは、山間部の積雪の雪解け水を、森林が蓄えて土壌の微生物が分解・浄化しながら徐々に河川へ流すという巧みな水循環調整機能を持っていますが、その機能が低下すれば、渇水等の多発にもつながります。

このように森林は、多様で重要な働きを持ち、生態系や気象にも重要な意味を持ちます。

私たちの共通財産として、森林を健全な状態に回復し、みんなで守っていきたいものです。

 

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そこで、森林を持続的に保全し、健全に管理するための方策を考え、森林と国民生活や生産の適正な関係を保つことを追究するのが、私の専門である、林業経済学・林政学です。

木材、特に国産材の持つ健康や環境面の利点から、国民生活の中に消費のメカニズムを組み入れ、需要拡大を図っています。

安藤広重の浮世絵には、木がない山が数多く描かれていて、当時は切りすぎて山が荒れていたのでしょうが、逆に現代の日本では、植林活動で育てた木の有効活用こそが重要なポイントなのです。

また、都市の人を山へ呼び、森林管理や山仕事などの体験を提供する、森林レクリエーションにも取り組んでいます。

農山村にお土産や宿を提供するなどの経済循環を起こし、都市との交流が新たな技術や産業の発展につながり、村おこし・地域振興を促すのです。

木を楽器づくりや造船や精密機器関係の高度な技術に活かしたり、山での作業を共通通貨で支払い地元の飲食等で還元したり、森林環境を企業のCSR活動や福利厚生として活用したりと、「二十一世紀型」の環境産業の可能性は無限大です。

 

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ベトナムも今後は、日本と同様、自然環境と経済発展・産業構造との関係性が、一層大きな課題となると考えられます。

国民全体、そして地球全体が、力を合わせて 森林に関わるべき時代です。

大学の研究に基づき企業が新ビジネスを社会に出す流れや、経験・実績を重ね国境を越えて応用していくシステムが期待されます。

豊かな緑や水という財産を先人から受け継いだ我々は、この自然環境を後世の人たちに残して渡すという、社会的責任があります。

 

そのために、まずは学校教育・地域社会から、環境への意識を変えて、将来へのビジョンを共有することが重要です。

それを日本とベトナムの人材交流や経済循環にもつなげ、世界の森林の保全や、二十一世紀型環境産業の更なる取り組みを、研究者としても教育者としても続けていきたいと思います。