この春は、子育てのために住宅探しをする方がたくさんご来店されました。何とか子供に良い環境を、という親御さんの願いに応えたいと力が入り、「どんな性格のお子さんかな?」「どんな風に育てたいのかな」などと、こちらの質問も問診みたいになってきます。引っ込み思案?それとも人見知りしないお子さん?個室を与えるのか、居間で家族みんなでワイワイがいいのか、だんだんと感情移入してきて、自分も家族の一員とまではいきませんが、遠い新戚くらいの気持ちになってきます。

この時期は、子供の人間形成のために「ここは良くない場所だ」と三度引越しをしたという「孟母三遷」の話が思い浮かびます。孟子は紀元前四世紀の人ですから、2000年以上昔から、変わらない親心なんですね。かく言う私の父も猛烈な「三遷」派でした。小学校に入る前に三回、中学を出るまでに三回引っ越しました。当時は、せっかくできた友達と別れることになり、随分恨めしく思ったものですが、今となっては仕事を変えてまで私たち子供のことを思ってくれたのかと、その本気の愛情をしみじみ実感します。そう思うと、私共も「お子さんの故郷を作るお手伝いをしているんだ」と充実した気持ちになります。

ところで孟子には「居は気を移し、養は体を移す」という言葉もあるようです。(摘み読みなのでアヤフヤですが・・・)。転居を機に「子供が活発になった」「兄弟が仲良くなった」「家族で話すことが増えた」などと後でお聞きすると、喜びもひとしおです。家のあり方によって、人間の気は変わるものだと実感します。

お年寄りの転居にはより一層気を遣います。家がバリアフリーなら良い訳ではなくて、お友達と離れる孤独とか、景色や回りのたたずまいなども「元気」に影響してくるからです。

こんな一例もありました。92歳のお祖母様と同居するご家族の住み替えをお手伝いしたときのことです。冬でした。古い一戸建ての居間にお祖母様のベッドを置き、寒いのでストーブをがんがん焚いて、締め切ったカーテンの中、ほぼ一日中そこで寝ていました。「ここで死にたくない」というお祖母様の希望で、ご家族が不安の中、新築マンションへの住み替え計画を実行しました。私は「引越しで余計具合が悪くなっていたら嫌だな。そんな事がなければいいが・・・」と若干不安な気持ちで新居への引越しのお祝いに伺いました。

中に入ると、そこにはお祖母様がきちんと洋服を着てソファに座っていました。そして、何枚かの絵を見せてくださいました。「引っ越してきてから描いたのよ」とのことでした。戦前、教師をしていたお祖母様は絵心があり、新居の七階の窓から見える風景、とりわけ電車が往来する景色がとても気に入り、絵を描き出したそうです。暗い室内で臥せっていた姿しか記憶にないので、私はその元気になった姿に感動を覚えました。学問的なことはわかりませんが、転居が気を養ったことは間違いありません。

お子さんのために引っ越す、親のために引っ越す、いずれにしても、住まいと環境は底知れない力を持っている、そのように思うと、私たちの仕事に誇りと、また軽々しくできないという謙虚な気持ちが湧いてきます。いい人が住む、いい街にどんどんなるように、単純ですが、少しでもそのことでお役に立っていきたいと思っています。

竹内 健二